泣いていた。
少女と呼ぶにはまだ幼い女の子が、一人膝を抱えて泣いていた。
小さく、静かな公園に痛々しい嗚咽が響き渡る。
普段は明るく、年相応の爛漫な笑顔を浮かべる少女だが、今の様子からはとても推定できない。
彼女の心を占めるのは、一番大好きだった人の優しい笑顔。
それ以外の全てのことが、彼女にとってもどうでもよく、意味を成さない。
そう、もうどのくらい泣いているのか彼女自身にも分からないぐらい泣きじゃくる少女には、自分の背中にぶつかったボールの衝撃さえも、どうでもよかった。
「おい、だいじょーぶか?」
少女の頭上から、男の子とも女の子ともとれるような声が降ってきた。
けれど彼女は気にした風もなく、ただ嗚咽を漏らす。
おーい、おーい、と声は根気よく続いていたが、やがて静かになる。
「えい」
と同時に、少女の頭にゲンコツが振り下ろされた。
「あぅっ!?」
さすがに、こればかりは無視できない痛さだったのか、彼女は頭を押さえながら、顔をあげた。
少女の目の前には、やはり男の子とも女の子ともとれるような、可愛らしい少女よりも少し背の低い子供が立っていた。
おかっぱのその子供は、左手で拳骨を作り、右手にはグローブをはめている。
少女の、うらみがましい視線も気にせず、「あ、やっと気づいた」とその子供は拳骨を握ったまま笑った。
じぃっと、無遠慮に少女を覗き込んでくる。
「だいじょうぶか?」
「痛い……」
自分で殴っておきながら、大丈夫か聞くなんて、と心の中で毒づきながらその子供をにらむ。
しかし、その子供は、「あ、違う、そっちじゃなくて」と少女の足元を指差した。
その視線を追うと、そこには薄汚れた白いボールが転がっていた。
(野球、ボール?)
頭を押さえていた手を降ろし、そのボールを手に取った。
不思議そうに少女が、正面に立つ子供を見上げる。
「それ、俺のなんだ。さっきまで向こうの壁で、壁当てしてたんだけどさ、思わず力が入りすぎちゃって取り損ねたんだよ。お前に当たっちゃっただろ?」
そういえば、確かに背中に痛みが残っているような気がする。
少女は、片手で背中をさすってみた。
この子供の言葉から察するに、この痛みの原因もコイツのせいなのか、と彼女にしては珍しく、同年代の子供を心中でコイツ呼ばわりして、再度非難のまなざしを向けた。
しかしやっぱり、その子供に反省の色はない。
少女はむっとして、「謝らないの?」と聞いた。
別に謝ってほしかったわけじゃないけれど、何となくコイツの態度が気にくわなかった。
「何で?」
「は?何でって、私にボール当てておいて、更には殴っておきながら、謝りもしないの?」
「え〜、だってボールが当たったのはお前がこんなとこに座り込んでたせいだし、ゲンコツも俺が何度も声をかけたのに、無視するからだろー」
その子供は、さも少女の方が悪いと言うかのように、胸を張って言いきって見せた。
少女は、そのあんまりといえばあんまりな態度に開いた口がふさがらない状態になる。
どうでもいいことだけど、先ほどから”俺”という呼称を使っているあたり、コイツは男なんだろうか。
「男の子?」
少女が尋ねると、その子供はとーぜんだろーと不機嫌そうに頬をふくらました。
その所作が、可愛らしい容姿とあいまって。
「女の子みたい……」
ぼそっとつぶやいた少女の言葉を少年は聞きつけて、「何だとっ!」と少女をにらんだ。
と、そこで少年はようやく少女の頬に光る後に気づいたのか、「お前泣いてたのか?」と不安そうな声になった。
もしかして、自分のせいだと思っているのかもしれない。
というか、あれだけ堂々と少女は泣きじゃくっていたのに、どうして今まで気付かなかったのだろうか。
少女が答えずにいると、そうかーと少年は声のトーンを落としたまま呟き、アリでも観察してるのかと思った、と見当違いもはなはだしいことを言い訳がましくぼやいた。
あー、とか、うー、とか何やら唸り出した少年だったが、やがて、そうだ、とその少女が持ったままだったボールを指差した。
「一緒に野球しようぜ!」
「え、やだよ……」
「まーまー遠慮するなって!」
本気で嫌そうな顔をする、少女の手を引いて、少年は駈け出した。
転びそうになりながらも、少女は少年に続く。
「ちょっと、離してよ」
少女の抵抗の声も全く、意に介さず笑いながら走る少年の横顔を見ながら。
少女は、やっと自分がいつの間にか泣きやんでいたことに気がついた。